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大阪高等裁判所 昭和51年(ツ)40号 判決 1977年3月09日

上告人 村上利雄

右訴訟代理人弁護士 佐藤欣哉

被上告人 桑田ツユ子こと 吉田ツユ子

右訴訟代理人弁護士 露峰光夫

同 山元真士

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差戻す。

理由

上告代理人佐藤欣哉の上告理由について

原審が適法に確定するところは、(一)被上告人は昭和四七年八月ごろ上告人の父訴外村上利三郎に到達のはがきで同人に対し延滞賃料を支払うよう催告したうえ、昭和四七年一一月八日付同人宛内容証明郵便をもって、右延滞賃料不払を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発したが、右郵便物は保留期間経過の理由で被上告人に返送されていること、すなわち、所轄郵便局員は同月一一日に右郵便物を配達すべく利三郎方を訪れたが、同人不在のため、住吉郵便局に一〇日間右郵便物を保留しているので受領に来られたい旨記載した書面を同人方に差置き、右郵便物は同月二〇日までの一〇日間同郵便局に保留された後、被上告人に返送されたものであること、(二)同四七年一一月当時、利三郎夫婦は入院中であり、上告人は左官業を自営し、夫婦とも仕事のため昼間は本件家屋に不在であったこと、(三)これよりさき被上告人は同年五月六日付内容証明郵便で利三郎に対し本件賃貸借契約を解除する旨意思表示したところ、同人の不在を理由に右郵便物が発送されたため、おそくとも同年七月末日までに右郵便物を同人に手交した経緯があり、上告人は右郵便物の内容はこれを知っており、前記同年一一月八日付内容証明郵便が住吉郵便局に保留されていることも知っていたというのであり、原審は以上の事実関係から、少くとも上告人は、時間の都合をつけて、右郵便物を受け取るために郵便局に出頭することが可能であったというべく、利三郎および上告人は前示被上告人の催告、同年五月六日付内容証明郵便の手交の経緯に照らして、同年一一月八日付内容証明郵便が本件賃貸借に関するもので、その差出人が被上告人であることを了知し得たことを推認することができるとしたうえ、右郵便物は利三郎の代理人である上告人の勢力範囲(支配圏)内に入ったものと認定し、前記保留期間が満了した同年同月二〇日の経過をもって、被上告人の本件賃貸借契約解除の意思表示が利三郎に到達した旨判示しているのである。

ところで意思表示の「到達」とは、一般取引上の観念に従い、相手方が了知しうべき状態に置かれること、あるいは受領者の勢力範囲(支配圏)内に置かれることを意味し、現実に相手方が意思表示の内容を了知するを要しないことは、今更縷説を要しない。しかしながら、内容証明郵便が受取人不在により配達することができないため郵便局に留め置かれ、留置期間徒過により差出人に還付された場合において、郵便局員が受取人方に差置くいわゆる「不在配達通知」には、差出人の氏名はもとより、郵便物の内容たる物が現金である(現金書留)か、現金以外の物である(内容証明、特別送達郵便など)かも明らかにしない取扱いであることは公知の事実であるから、前段説示の催告、同年五月六日付内容証明郵便の手交の経緯に照らしても、他に特段の事情がないかぎり、右郵便物が本件賃貸借に関するもので、その差出人が被上告人であることを了知しえたものと推認することは困難であり、また、郵便物の受取人またはその同居者は「不在配達通知」を受けたからといって、当該郵便物を受領する手続をとらなければならない義務を負うものではなく また、上告人は当時仕事の関係上、当該郵便物を受取るため、郵便局に出頭しなかったことにつき、格別責められるべき理由はないから、他に特段の事情のないかぎり、留置期間を徒過したとしても、右郵便物が社会通念上上告人において了知しうべき状態に置かれたものと解することはできず、これによって意思表示の「到達」があったと解するのは相当でない。

原審は、上告人において住吉郵便局に留め置かれている郵便物が内容証明郵便であると認識していたことを安易に認定したうえ、これが本件賃貸借に関するもので、その差出人が被上告人であることを了知し得たことを推認できるとした点については、首肯しがたいものがあり、前段説示と異る見解のもとに本件賃貸借契約の解除の意思表示が利三郎に到達したものと認めた原審の判断は、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわねばならず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

よって原判決を破棄し、さらに以上の点につき審理を尽させるため、本件を原審に差戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮崎福二 裁判官 田坂友男 中田耕三)

<以下省略>

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